↑ 1994年海上自衛隊鹿屋基地で展示された第3対戦車ヘリコプター隊のAH-1S/73425。1990年に目達原で部隊が発足して4年が経過し、AH-1Sの運用にも熟達してきた頃である。1994年は海上自衛隊の最後のP-2J対潜哨戒機が引退した年でもある。
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(1993~   )
↑ 同じく展示飛行をするAH-1S/73469  69号機
AH-1Sの初期の配備計画では各師団に1個飛行隊置きたかったようであるが、1機20億円前後もする高い航空機で、予算の関係から飛行隊を3.5個飛行隊とすることが決まった。0.5隊は教育所要機数で、メインの3個飛行隊の内、2個飛行隊を北方の北海道旭川と丘珠に、1個飛行隊を九州の高遊原に置くという事で、1個飛行隊は16機編成であった。但し 3個飛行隊が完結した以降も購入は続けられ、1992年には4つ目の飛行隊が、関東の要衝木更津駐屯地に創られる事になる。AH-1Sも開発当時からステップアップが図られ、陸自が採用したのはAH-1Fとも言われたSTEP-Ⅲ仕様である。(2025年8月 記)
↑ 1993年木更津駐屯地での観閲飛行では今までにない6機ものAH-1Sが飛行した。
4th ATH Insignia
↑ 観閲飛行の後、恐らく木更津駐屯地で最初のAH-1S複数機投入による展示訓練が披露された。上は展示飛行するAH-1S/73472 72号機
↑1993年4月 霞ヶ浦分校に展示された分校所属のAH-1S/73439
↑そしてAH-1S/73454 54号機。対戦車ヘリ飛行隊として4番目であり、創設2年目の時機に当たる。機体も生産番号の若いののが多い。超極微粒子白黒フィルムであるコダック社のテクニカルPAXを使うと、陸自の迷彩色のコントラストが強調されるのであるが、黒く書かれた文字は読みず楽なると言う現象が起きて、現像方法を模索しながらも、中々良い手立てが見つからなかった。
↑ 1995年浜松基地に展示された第4対戦車ヘリコプター隊所属のAH-1S/73412。エンジンカバーの白い線は、16機いるAH-1Sを分隊に分けて識別する為に描かれたようであったが、2000年代後半には見られなくなった。
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↑ 1993年木更津駐屯地で展示されたAH-1S/73461。1992年3月27日に第4対戦車ヘリコプター隊が発足しており、1993年の基地祭は大規模なお披露目となった。
↑ 霞ヶ浦分校では、AH-1Sの展示飛行が行われたが、午前中は基地の外側からでないと順光とならない為、外に出て柵から離陸を狙った。離陸したのは航空祭参加常連のAH-1S/73417だった。
Wings
↑ 1995年の三沢基地と八戸基地に其々展示された八戸駐屯地の第2対戦車ヘリコプター隊のAH-1/73418と73466。写真下のAH-1S/73466の方は、最近70㎜ロケット弾を発射したようで、J/LAU-194ロケットランチャーに煤が付いている。